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ねむの花

松島は笑うが如く、象潟はうらむがごとし・・・象潟や雨に西施(せいし)がねむの花」 と「奥の細道」に記している。ねむの花を数年前に知りすっかりその美しさにあてられ東北行脚にでかけたものでした。東京ではなかなか出っくわす事がありませんでしたが今日ホームセンターでばったり再会、迷わずレジへ直行しました。明日には、千住宿芭蕉さんの横に植えます。
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調子に乗って帰りに「そうだ、百花園に行こう」とむかいました、この辺では珍しく「ねむの木」1本だけですがあるのです。夏になると淡いピンクの花がなんとも表現が出来ないほどの美しさっててのが咲くのです
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百花園入り口で芭蕉句碑
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ひっそりとして、佇む人も庭と一体に
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どくだみの花も、せいいっぱい咲いてる
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今日は向島百花園独り占めって感じでした。
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帰宅後玄関先で、近所の絵を趣味にしている知人に声を掛けられ、「見せたいものがある」といい、広重の名所江戸百景全巻(原寸複製)を目の前に並べられました。
いやおどろきました、偶然といいますか。実は千住東部関屋には綾瀬川が流れ隅田川に合流するのですが、江戸時代この流域では、春は桜の花見、夏はねむの木の花見と船でのお花見が贅沢な遊びとして流行っていたのです。その浮世絵をもってこられたのです。私は2倍いや、100倍嬉しくなりました。
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ほのみえてうすくれなゐのひとむらハ綾瀬の岸のねぶの花かも(橘千蔭)
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by senbun | 2006-05-30 20:21 | 芭蕉「おくのほそ道」

第2回千住塾連句会

千住塾連句会は、7月より毎月第4日曜日に行います。
第1回を芭蕉サミット会場(マルイ11階)にてスタートいたしました。
前回には、高校生も参加され楽しんでもらえたようです。はじめての方、雰囲気だけでも試してみませんか見学OKです。
第2回からは、下記の場所で行います。参加希望の方は、お電話又はFAXください
場所 遊学庵 足立区千住河原町29-5
電話/FAX 03-3881-3232  世話人 添田善雄
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by senbun | 2006-05-30 12:25

今昔日光街道探訪 

本日午後1時30より、日光街道今昔探訪してきました。連日の雨が午前中まで残り
参加をやめた方が何人かおりましたが、スタート時には日が差してきてホッとしました。
雨上がりの晴天で気温が急上昇した為浅草、待乳山聖天までと致しました。
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日本橋道路元標は、橋の真ん中です、命がけで見に行かないように。
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寛文12年(1672)  俳諧の道をめざして江戸へ下向。28歳。日本橋の魚問屋・小沢卜尺のもとに草鞋を脱ぐ。
老舗の佃煮屋「日本橋 鮒佐」の店先に松尾芭蕉の句碑が建てられています。ここは江戸時代小田原町と呼ばれていて魚河岸を抱える繁華街でした。1672年(寛文12年)29歳の松尾芭蕉が、伊賀上野から江戸へとやってきて8年間住んだ場所です。

松尾芭蕉は当時「桃青」と称していて、俳壇での地位を固め、1678年(延宝6年)に俳諧宗匠として独立しました。句碑にある「発句也松尾桃青宿の春」とは、その翌年の正月に宗匠としての迎春の心意気を詠み上げた。
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江戸通りと蔵前橋通りの交差点角には「浅草天文台跡」伊能忠敬は、天文暦学を学ぶため1795年(寛政7年)50歳で江戸深川に住み、19歳年下の幕府天文方高橋至時の門下に入りました。忠敬は、緯度1度の距離を知りたい、当時の浅草天文台と深川の間の緯度差とその距離も測りたいと、師の至時に相談したところ、高橋至時は、浅草と深川ではあまりにも近距離なので、当時の蝦夷(現在の北海道)の測量を勧めたのです。かくして、伊能忠敬の高齢にもかかわらず多年にわたる測量の第一歩を踏み出したのでした。
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孫連れていくには格好の場所、喜ばれそう。蔵前バンダイ本社横
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ちゃんと孫を連れたおじいちゃんがいた近所の人だろうか。  
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なつかしい、子供の頃どこの町にも蛇屋さんありましたよね。釘付けになって見たものです
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むむ、千住大橋とうり2つ、柳橋。設計者は誰だ? 
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欄干にかんざしとは流石。
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九州鹿児島→北海道自転車一人旅の22才の青年と遭遇(信号待ち)
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十思公園 伝馬町牢屋敷跡此処の 鐘突き堂の鐘は江戸「時の鐘」の9つのうちの1つ
死刑執行の合図にも使われた
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浅草は相変わらずこの調子
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by senbun | 2006-05-28 20:33 | 日光街道

芭蕉と大垣

「芭蕉と大垣」山本 次能先生の講演
大変良い講演でした、木因と芭蕉の間柄がよく判りました。会場の関係で25名の人だけしか聞けないなんてもったない。
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場所は六本木のど真ん中午後1時30分、10階下の喧騒とは打って変わって素敵な時間でした。
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by senbun | 2006-05-27 01:06 | 芭蕉「おくのほそ道」

首都大学で国際観光都市・東京講座

3時間の受講はおじさんにはつらい
でも大学院生と混ざっていられるだけでも正直楽しいイ
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by senbun | 2006-05-26 10:55

千文会創立総会の時に植えた芭蕉の木の葉が4枚目が出てきました

成長が早いと聞きましたが、毎日覗いているせいかそう感じません。
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設立総会4月8日に植えました
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比べてみると大きくなった。
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by senbun | 2006-05-24 23:52 | 芭蕉「おくのほそ道」

準備会終了後サミットオフ会(1500円カンパ)

朝千住の魚河岸に仕入れ、今日のオフ会なんにしようかな
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5月28日日本橋探訪会の準備委員会終了後、オフ会となりました。料理は櫟原が受け持ちましたが、困りました。いざ料理となった時、あるはずの包丁が無いのです、引越しの時どこかに紛れ込んでしまったのです。仕方が無いので家庭用の包丁を一生懸命研いで何とか済ませました冷や汗ものでした。
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魚は、広島の天然鯛と常磐かれいの姿づくり、すみいか、生マグロ、生うに(箱ごと)、新潟甘海老と、すべて天然ものにこだわりました。
参加人数が少なかったので、1500円カンパでちょっと赤字でしたが、皆楽しんでもらえたので満足です。次回はたくさん参加してください。
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by senbun | 2006-05-23 08:10

5月23日千住文化普及会準備会

5月23日千住文化普及会準備会
6時30分より 
終了後オフ会あり
遊学庵にて

出欠連絡メールまたは、FAXください
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by senbun | 2006-05-20 13:00 | 日光街道

参加者募集 日光街道今昔探訪 日本橋から千住宿約10km

今昔日光街道一緒に歩きましょう

日本橋から千住宿(約10kmゆっくり歩いて4時間)
5月28日(日)集合:日本橋東側魚河岸跡 出発午後1時30分

日本橋は芭蕉にとっても俳諧の宗匠としての出発の地です

日本橋から千住まで歩いてみると、江戸時代の千住宿の位置関係と、どんな役割をしてきたのかがよく判ります

参加費   資料代、保険料として500円
申し込み  事務局 NPO千住文化普及会 03-3881-3232 イチハラ
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by senbun | 2006-05-19 13:20 | 芭蕉「おくのほそ道」

5月16日「旅の日」

芭蕉さんが千住から奥の細道へ旅立ったのが新暦5月16日
この日を「日本旅のペンクラブ」が「旅の日」と制定しました。
「旅の日」の集い会場で伊賀の芭蕉さん(芭蕉翁顕彰会理事中村氏)17年度
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5月16日「旅の日」は、全国の芭蕉さんのゆかりの地の方は、お隣の町まで歩き交流しましょう。そして1日で芭蕉の道を繋げてしまいましょう。ギネスものかもしれませんね。千住芭蕉案内人が栃木県の25名の皆さんを、船、電車、街道歩き、バスとで深川~千住~草加~春日部(観音院)の旅立ちコースをご案内いたしました。
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by senbun | 2006-05-17 00:29 | 芭蕉「おくのほそ道」